【さよなら新京成100型 惜別会】

(1987.7.5京成ファンクラブ主催)

1987年7月5日、京成ファンクラブ主催の100型のさよなら運転惜別会に参加させて頂く事ができました。

100型電車は京成電気軌道が大正15年(1926年)に成田線開業に備えて造られた京成初の半鋼製車として誕生し、その後長らく京成電鉄で活躍ののち、昭和38年頃(1963年)に新京成にやってきました。ちょうどそのころ新京成線沿線には大型団地などが急増し乗客の増加に伴い、輸送力増強を担うべく100型が続々と京成から転属してきました。

様々な更新工事を受けていろんなスタイルの100型が誕生し、また16m級の小型のボディーに左右非対称のドア配置がどとても特徴的な電車で興味深いものがありました。

そんな100型電車も最後は新京成で8連という長編成を組み、新京成の主力車両として長年活躍してきましたが、当時としてはまだ前例のない珍しいVVVFインバーター制御の8800系の開発および導入が実現となり、大正生れの100型と世代交代することとなりました。

京成/新京成電車の中では当然の事ながら名車であり、忘れてはならない存在と言えましょう。

そんな名車100型の最後を京成ファンクラブのみなさんが企画していただいたこのイベントに参加させていただいたのでした。

 

 

 

 

この日の運転手として乗務していただく運転士に花束贈呈。(くぬぎ山)

しばし記念撮影。

松戸へ向けて発車を待つ。

いよいよ松戸に向けて発車しました。この小刻みなジョイント音とつり掛けモーター音を堪能できるのは今日で最後。じっくり味わうぞ!!

扉の位置が左右ずれているのがわかりますね。吊り広告には800系の冷房改造の旨の告知が掲示されています。

床の点検フタを開けて台車の走行状況を見守る。初体験・・・・(笑!)

松戸駅7番線に到着しました。京成津田沼寄りの107号は雨どいが通風口の下にあり、晩年は100型の中でも異彩を放ってました。顔つきも若干違いがあります。

 

松戸を出発して次はくぬぎ山車両基地を目指して走りました。そして車両基地に到着。このとき私は初めて敷地内に足を踏み入れる事が出来てとっても感動しました。

線路に降りるときは確か乗務員室の扉から降りたと思いました。これまた感動!!!

 

京成時代、途中改軌による改造を受けながらも大正時代から活躍し続けて来た、台車。時代の流れを感じさせますね〜!!あの縦揺れが今でも忘れられない!!!

京成ファンクラブの皆様に用意された記念ヘッドマーク。100型誕生時の姿から京成青電→新京成までの移り変わりがイラストで描かれていました。

ヘッドマークを外して今度は懐かしい方向板(めくり板)を掲げて記念撮影スタート。

おなじみの京成津田沼 逆三角形。

雪だるまの高根公団はあまり見ることが無かったなぁ〜!

新津田沼は二等辺三角形

回送。回にもしんにょうが付いてます(汗!)

角欠け四角の鎌ケ谷大仏と四角形の定番松戸。

その昔、千葉線への直通運転を行っていた頃がありました。ご存じ急行九十九里号。新京成線内は各駅に止り京成線内はノンストップであったと記憶しております。

平成版 千葉中央行きも是非急行電車復活に期待・・・・!!!(汗!)

登場したばかりの当時の最新鋭VVVF8800系と大正生まれの100型や200型1100型とのご対面。

 

以上写真がこれしかないのですが・・・・・(汗!)

京成ファンクラブの皆様、素敵な企画をしていただき本当にありがとうございました。

そして新京成電鉄の関係者の皆様、本当にありがとうございました。心よりお礼を申し上げます。

 

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