■幻しの新京成柴又線■ 未成線予定跡地を探訪。

2008.8.2 最近私の掲示板で演習線跡地などの話題で昔話で盛り上がっていました。寄せられた情報によると未だに所々に名残が残っているとの事でした。そんな中、昭和37年7月に新京成電鉄の新線敷設免許がおりた経緯があった通称柴又線の話題も飛び出し、もしこれが実現していたら今はどうなっているんだろう?みたいな想像を胸に込めながら現地へ向かってみる事にしました。昭和37年当時、新京成沿線には団地や住宅が急増し、沿線人口の増大と共に都心への乗客も急増。松戸駅で接続する常磐線も飽和状態となっていました。これに伴い柴又で京成線と直結して都営線に連絡する、という計画が持ち上がり昭和31年に松戸・柴又間4.7kmを上記の地図の地域に免許を申請しました。これが実現すれば常磐線の混雑緩和や新京成沿線から都心へのアクセスが向上する、と言うわけです。途中駅は千葉大園芸学部前・松戸高等学校前・中矢切・江戸川堤の4か所。全線複線での予定でした。これに向けて一部用地買収も終えていたのだが、常磐線の複々線化に伴う松戸駅から常磐線と並走する区間の用地や園芸大学地区の用地、葛飾区内の金町浄水場近辺の猛烈な反対などにより用地買収が困難に陥り、昭和41年に免許が失効されたとの事でした。これにより新京成は都内進出を断念したのですが、現在はこれに代わって北総鉄道がその役割を果たしている形となってしまいました。松戸から柴又までわずか5km弱の区間だが、ここが開通していれば現在どんな展開になっていたのだろう?と思うととても興味深いものを感じました。北総が現在同様江戸川を渡っていたとしてもその上流数百メートルに新京成の鉄橋がかかっていたとしても、その予定地区だった松戸市内の矢切地区から松戸方面へのバスの需要は今も大きいし都心へのアクセスも一段と向上するだろうし、そこそこの利用客は望めたのではないだろうか。松戸駅が途中駅になるので乗客の導線も変わり活気に満ちあふれていた事でしょう。この新線が実現していればもしかしたら都営浅草線に一部乗り入れ列車も存在していたかもしれませんね。松戸から銀座・日本橋方面へ向かう乗客も少なくないと思います。いろいろと考えるとやはりその時代の背景が写し出されているのでしょうか。今回はJR松戸駅から途中の用地買収されていた予定区間を通って江戸川の土手まで足を運んでみました。おおざっぱですがご紹介いたします。上の地図で、青い線は予定区間。赤い線は今回私が訪れた部分となります。

JR松戸駅と新京成との連絡改札口。乗り換え客でいつも賑わっています。

JR6番線からの撮影。新京成はここで折り返し津田沼・千葉方面へ。

隣はJR緩行線。複々線化によって5・6番線が誕生しました。

同ホームから都心方面を眺める。左2本がJR緩行線部分。この部分が新京成柴又線の予定地でした。(残念)

松戸駅外からの撮影。右側の駐輪場の反対側が現在の新京成のホーム。

JRに沿って都心方面を望む。

用地買収が困難だった園芸学部前を抜けて、国道6号線まで到着。ここは昭和40年代はじめに新葛飾橋が完成し当時水戸街道の新線区間。この6号線の開通も新線計画に影響もあった模様。画像に映っている道路のちょうど反対側のこの部分に新京成がやってきたはずだ・・・!!

同地点の国道6号。正面には松戸隧道(トンネル)右側は松戸警察署。

同地点都心方面を望む。ガソリンスタンドがある。

その松戸警察署とガソリンスタンドとの間のこの道から中矢切までが用地買収を終えていた区間だとの事です。早速進んでみました。

住宅街の中、右に緩やかにカーブしていきます。

カーブが続きますね。掲示板にもコメントがありましたがいかにも鉄道のカーブっぽい緩やかなカーブです。

上り勾配になってきました。

三矢小台地区に入ってきました。まだ緩やかな右カーブが続いています。

リブレ京成が見えてきた。

リブレ京成に到着。ここには松戸新京成バスの三矢小台バス停回転場が隣接されている。左側の道路は今歩いてきた道路です。

こんな感じで松戸駅まで結んでいるバスの回転場があります。ここは柴又線の中矢切駅の予定地でした。

その名残なのかバスの回転場の周囲にはご覧の様に古枕木で作った柵が未だに存在してました。ここだけ見ると柵の向こうに電車が止まっている様な雰囲気がありませんか。

昔よく線路脇や踏切近辺で各地で見られましたね。

県道を挟んでさらに進みます。やはり右カーブが続きます。

そして用地買収区間の終点部が見えてきました。

市川と松戸を行き来している京成バスのバス通りに到着。千葉銀行矢切支店があります。ここまでが用地買収区間。

ここから先は江戸川に向かって斜林面を下って行きます。

結構高低差がある地域です。おそらく柴又線を建設したとしたら、高台の矢切地区からはこう配を下らず、江戸川の鉄橋まで高架線での構造になったのではないでしょうか。

低地まで降りてきました。あたりは江戸川周辺に広がる広大なネギ畑が広がります。左側の鉄橋は北総鉄道。

江戸川土手近くまでやってきました。

後ろを振り返るとこんな風景。正面に見える森林の高台から降りてきたわけです。

江戸川土手に登ります。

土手の上からもう一度後ろを振り返ってみました。正面に松戸駅前にあるニューオータニのビルが見えます。つまり今、あそこから来たワケですね〜!!

土手から江戸川を見渡す。川の向こうは東京都葛飾区。正面は金町浄水場。その左奥が京成柴又駅。柴又線が実現すればここに鉄橋がかかって新京成電車が往来していた事になります。実現して欲しかったなぁ〜!!!

 下流には北総鉄道の鉄橋。対岸は新柴又駅。その奥が京成高砂駅。上流を望むと国道6号線新葛飾橋やJR常磐線がうかがえます。

 

以上が今回の探訪区間です。対岸の葛飾地区が断念!!!ここに新京成が通ったら現在どんな風に発展していたのだろう・・・!?なんて考えながら歩いていたら結構楽しく散歩できました。

鉄道演習線跡地を買収した新京成、その名残も未だに隋所にみられるとの事ですので皆さんもぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

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